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オオクワガタに魅せられて
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偶然と必然F!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/21(Sat) 19:01 No.13057   

オオクワガタ愛好家の皆様、こんばんは。

私の1986年は、このまま終わりませんでした。

平山氏から、拝み倒して?初めて64ミリの大歯型を譲り受けたのですが、一度、70ミリオーバーを見た私は、やはり大型個体が欲しくて仕方がありませんでした。

かといって、愛好家の平山氏が譲ってくれるハズもなく、そんな時、平山氏から紹介されたのが箕面の駅前にオオクワガタが売っているという 情報でした。

私は当時、阪急京都線の長岡天神に住んでいたのですが、箕面も阪急沿線にあり、また、当時、勤めていたサントリーのトレーニングセンターも箕面にあったため、早速、週末に行ってみることにしました。

学生時代は、阪大に友人が多数いたため、石橋の駅では良く下車したのですが、箕面駅に行くのは初めての経験で、阪急宝塚線から箕面線に乗り換えて、いそいそと出掛けて行った事を覚えています。

その時は、まさか、箕面詣で!!に、その後10年以上、毎週のように通う事になるとは思いもしませんでした。

そのお店は、駅の改札を出て、滝につながる道に面して駅から徒歩約1分の所にありました。

表向きは季節の野菜や、栗、紅葉の天ぷらがメインで、クワガタの店だとは思わなかったのですが、結構、沢山の人集りでした。

そして、店主と思われる小柄でスポーツ刈りでサングラスをかけた、人相のよろしくない?!方が応対されていました。

そして、店の奥を見た瞬間、私の目が点になりました。

壁に沿った棚の上に、さり気無く置かれたプラケースを見ると、オオクワガタ74ミリ、72ミリ!!と書かれているではありませんか?

私はビックリたまげて、早速、店主に許可を得て、個体を見せてもらいました。

この店主こそ、私がその後、30年間にわたってお世話になった川口商店の川口さんでした。

この方との出会いが無ければ、私はオオクワガタ飼育を続けられたかどうか…。

それくらい、私のオオクワガタ人生にとって、掛け替えの無い恩人でした。

話は元にかえりますが、私はその70ミリオーバーの個体を2頭、迷わず購入して、平山氏の所に直行しました。

その時の平山氏の驚いた顔は今でも忘れられません。

オオクワガタの65ミリオーバーを採集するためなら命を賭けると豪語?していた平山氏でしたが、その個体を見て、1頭を分けて欲しいと言われました。

勿論、私はお譲りして帰りました。

ただ、大変、失礼ながら、その個体も、平山氏から見せてもらった70ミリオーバーの個体も、私が幼い頃、目に焼き付けた、あの理想の個体とは似ても似つかない個体でした。

何故か?

それは、三草山の個体は大アゴが直線的、川口さんから購入した個体は逆に湾曲が強過ぎて、共に私の美的感覚において「これぞオオクワガタ!!」というには程遠かったからです。

私が感動したオオクワガタの形状は、まずは迫力!!次に大アゴのエッジが鋭い事です。

川口さんから購入した個体は、何処か違和感がありました。

そして、事の真相?!が分かったのが年明け早々のこと。

なんと、それら2個体は国産オオクワガタではなく、タイ・クルビデンスだったのです。

オオクワガタの形状に対して造詣の深い平山氏ですら、即座には見抜けなかった個体群。

それが、通称「チェンマイ・オオクワガタ」、タイ・クルビデンスだったのです。

勿論、当時は外産はご禁制!!

誰が輸入したのか分かりませんが、その後、東京の某デパートの屋上で数ヶ所、大型オオクワガタが販売されているのを見かけましたが、いずれもチェンマイで、某デパートの屋上のペットショップでは、係員のお兄さんに、「これはタイ産のオオクワガタで、こんな個体を販売していたら、信用を無くしますヨ!」と忠告?させてもらいました。

売り場の係員は、結構、慌てていました。

そんな事件!もありましたが、勿論、国産のオオクワガタも普通に販売されていましたが、驚いた事に、川口商会で売られていた個体の大半が天然採集した個体ではなく、飼育個体だ!という話を聞いた時でした。

中には、70ミリの個体も販売されていました。

私は、残念ながら、70ミリの個体はタッチの差で見ることができませんでしたが、68ミリの個体までは見ることができました。

値段も、お手頃な価格だったので、即決で購入しました。

勿論、採集するのが一番なのですが、まだシーズンの6月までは半年近くあったため、私の気持ちを落ち着かせるためには、70ミリに限りなく近い個体を身近に置いておきたかったからです。

つづく

偶然と必然E!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/21(Sat) 16:34 No.13053   

オオクワガタ愛好家の皆様、こんにちは。

コロナウィルスの影響で、車以外の外出が億劫な今日この頃ですが、いかがお過ごしですか?

インフルエンザと同様、冬だけの季節的な短期終息の感染だと思いきや、長期化する可能性もありそうな気配ですネ。

私も長期的に考えて、今年はイベント出席は控え、オークションと本掲示板にて、皆様とコミュニケーションを図りたいと思っています。

私の想い出話にお付き合いいただければ幸いです。

さて、まずは1980年代後半の兵庫県・川西市の採集状況をお話ししたいと思います。

私と平山氏との運命的な出逢いは、1986年の夏の終わりの事でした。

その年は、残念ながら三草山周辺だけで、川西市のポイントは全く知りませんでした。

9月の初めという事で、折角のポイントに連れて行ってもらいましたが、シーズン・ピークが6月ということもあり、オスのオオクワガタは台場クヌギで見ることができませんでした。

しかし、メスは9月上旬は産卵のために移動?するのか、昼間に1回、夜に1回、採集することができました。

特に夜間採集では、普通の樹液に単独で来ていました。

私は、オオクワガタの生きたメスを見た経験は中学生の頃に1回だけで、たまたま見た事が無いメスを採集して、その個体と後輩が家の玄関に落ちていた!という大歯型を我が家の玄関の床の上で友人3人と一緒に観ていると、公衆の面前で!交尾を始めて、これがオオクワガタのメスだと思った記憶が蘇りました。

オオクワガタのメスを見たのは、その1回限りだったので、目の前で樹液を吸っているメスを、しかも9月に見る事ができて、感動に浸っていました。

そう言えば、三草山の山頂付近でも、私の常識では9月は完全にクワガタのシーズンオフにもかかわらず、何度もミヤマ、ノコギリを昼間に見ることができました。

勿論、スズメバチと一緒で、採集するのが怖かったですが…。

偶然と必然D!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/20(Fri) 17:39 No.13045   

オオクワガタ愛好家の皆様、今日は記念すべき「春分の日」ですネ。

私は、春分の日から夏至の日までが一番、楽しみで、秋分の日を境に、どんどん日が短くなっていくのが寂しくて、冬至の日が過ぎると春の便りを楽しみに冬眠生活を送っています。

東京は、既に桜の開花宣言がなされましたが、京都の哲学の道の桜並木を今年も見に行きたいと願っています。

さて、平山氏との出逢いによって、私のオオクワガタ人生・第二章の始まりですが、概要は拙著「オオクワガタ飼育のすべて」に書かれていますので、まだお読みいただいてない方々も含めまして、そちらに委ねさせていただきます。

平山氏との出逢いの中で、やはり一番、大きかった事は、能勢地方で間違いなくオオクワガタが生息している事実を知り、その生息場所が、初めて見る「台場クヌギ」である事を知ったことです。

そして、世の中に「月刊むし」という雑誌が存在し、平山氏から譲り受けた「オオクワガタ特集号」には関西のポイントと山梨のポイントが明確に記されていて、オオクワガタ愛好家が、こんなにも沢山、おられる事を知ったことでした。

それからというもの、私はこの「月刊むし・オオクワガタ特集号」を片時も離す事なく熟読し、過ぎ行く夏の日を惜しむかのように、何度か一緒に平山氏に三草山を中心とした、オオクワガタ採集ポイントに連れて行ってもらいました。

やっとオオクワガタと再会できた歓び、そして、台場クヌギという、とてつもないオオクワガタの住処を知り、翌年以降の採集に夢を馳せた次第です。

つづく

偶然と必然C!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/17(Tue) 18:13 No.13043   

オオクワガタ愛好家の皆様、こんばんは。

今日からは、やっと春らしい陽気に包まれた大阪ですが、まだまだ朝晩は冷え込みますので、皆さん、体調管理にはくれぐれも気をつけてくださいネ。

さて、高校に入ってからの私は、闘病生活を余儀なくされたこともあり、オオクワガタと接する機会も無くなっていました。

退院後、卒業まではドラムに専念していた事もありましたが、付近の宅地造成が進み、採集に出掛けてもノコギリ、コクワ、ミヤマ、カブトムシは見かけるものの、オオクワガタどころか、ヒラタすらほとんど見かけなくなりました。

そして、大学は幼年時代を過ごした生家付近の京都大学に入学したものの、中高6年間、男子校で過ごした反動か?本能の性?かは分かりませんが、オオクワガタは完全に頭から消えて無くなり、夜は合コン、昼間はパチンコ、たまに大学の講義に出ても4人揃えば雀荘に消えていました。(笑)

ただ、さすがに夏の季節はクワガタ採集が恋しくて、残り少なくなった雑木林を探して、梅雨の合間の晴れた6月のある日、たまたまクヌギの樹を見つけては、意味もなく?蹴りまくっていました。

時々、バサッと音がした場所を探しても枯れ枝が落ちているだけだったのですが、ある時、枯れ枝だと思ってバサッと音がした場所を見ると、そこには特大ミヤマが裏返っていました。

「エーッ!ミヤマが梅雨の合間にいるの???」クワガタ採集は7月がメインだと当時は思っていたのですが、何と梅雨の合間に特大ミヤマが発生している事実を初めて知りました。

こうなると、辺りのクヌギを全部、蹴りたくなるのが私の習性です。

次から次へと樹を蹴る度に、バサッ、バサッと音がする箇所を探すと、至る所でミヤマ、ノコギリが見つかりました、

「クワガタは梅雨の合間の晴れた日に既に発生しているのか?」今なら常識である、こんな事を改めて思い知らされた気がしました。

しかし、大学入学後、更に宅地造成が進み、余り自宅に帰らなかった私は気づかなかったのですが、とうとう、ある日のこと、昼間に囲いのトタン板の間の隙間から覗いた風景は私を驚愕させて余りあるものでした。そう、私の心の故郷、オオクワガタの生息する雑木林が一山、丸々、無くなっていたのです。

この時の私のショックは、本当に筆舌尽くしがたい!!という言葉を絵に描いたような状況で、心の底から、言いようのない絶望感に襲われました。

そして、私のオオクワガタとのご縁は、一旦、ここで第1章が終わります。

私が、いわゆる「飲む打つ買う?!」という男の本能?にうつつを抜かしていた間に、大切な大切なオオクワガタが身近に完全にいなくなってしまった瞬間でした。

私は、その後も益々、麻雀にのめり込み、大学院に進んだものの、専門の食品科学はうわべだけで、実際は麻雀をするために進学したようなモノでした。

そして、オオクワガタへの憧れが薄まるにつれて、学問に対する情熱も何故か薄れてしまい、気がつくと大学に残る選択肢も薄れて、私のような人間は会社勤めには向かないと言われながらも、女房と知り合ったばかりの時期で、早く社会人になりたくて就職が頭を占めました。

そんな時に、タイムリーに友人のお父さんでサントリーの役員をされておられる方からコネ入社のお話をいただき、どうせダメだろうと思っていたため軽い気持ちで一次面接を受けに行きました。

当時のサントリーは行きたい会社のナンバーワンにも選ばれるほど人気があったからです。ただ、自分を試したくて、親も大学院の師匠の反対も振り切って、入社試験を受けたのですが、あれよあれよという間に最終面接まで行き、当時の経団連の会長であった佐治敬三社長と一対一の面接の場に相当、気を遣って臨んだのですが、他のヒトが20分位、面接を受けていたのが、私が約5分で終わったため、「アー、やっぱりダメやったな?」と帰宅して正直に父に話をすると、急に父の顔が曇り「それはお前、受かったな…。ただの顔合わせだけだったと思う。」と言われ、案のじょう、採用通知を受け取りました。しかも、結果は私より父の方が先に知っていました。私の採用は、正に私の実力では無く、 コネくり団子!?だったようです。

当時のサントリーの研究所は、医薬に重点が置かれていて、非常に優秀な人達、特に女子は本当に優秀かつ魅力的な女性の宝庫?!でした。

オマケに、勤務時間内に官能検査と称してビールやウイスキー、ワインの試飲ができ、就業後も、連日、飲み会やカラオケに出掛けて、またまた、本能に忠実な生活を送っていました。

そして、29歳11ヶ月での結婚を2ヶ月後に控えた8月のお盆過ぎ、たまたま婚約者と一緒に、京都、大丸の屋上のペットショップに久々にクワガタムシを見に立ち寄ると、何とオオクワガタの中歯型と小歯型が売られていました。

とても懐かしい気持ちで満たされながら、「大歯型はいないのですか?」とお店のご主人と話をしていると、「ボク、今年、74ミリのオオクワガタを採りました!」と話を遮って横ヤリを入れた方がおられました。

これが、私が平山氏との運命的な出逢いの瞬間でした。

ここからが私のオオクワガタ人生、第2章の幕開けです。

つづく

偶然と必然B!! 投稿者:ケンケン 投稿日:2020/03/14(Sat) 02:05 No.13033   

オオクワガタ愛好家の皆様、こんばんは。

原因不明ですが、一部、掲示板にアクセスしづらくなっているようです。

ご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ありません。

さて、下記の書き込みで、封印していた私の約2年間に渡る闘病生活のお話をしてしまいました。

楽しいオオクワガタの話題のご提供ではなくてスミマセン。

ただ、私の生き方の底辺を流れているものが?、この時期に出来上がったのかもしれません。

特に、私は権力が大嫌いです。(偉そうな人間も大嫌いです。)

自然と音楽は大好きです。

闘病後、暫くは運動が出来ませんでしたが、その時に始めたのがドラムでした。

男子校ゆえ、女子にモテたいという、始めた動機は不純でしたが、文化祭でのバンド活動は、唯一の輝ける場所であったかもしれません。

話が逸れましたが「長い物には巻かれろ!!」という言葉、いや生き方が大嫌いで、その後の人生でも必要以上に敵を作ってきた?原点がここにあるように思っています。

だからこそ、オオクワガタが本当に好きではないのに、飼育用品も含めて単にお金儲けの手段、名声?!を売るための手段としか考えていない輩に対しては、袂を別って来ました。

その代わり、と言っては何ですが、本当にオオクワガタが好きな方々とは末長く、お付き合いしてきています。

また、闘病生活と幼年時代を過ごした京都市内での楽しくも辛い生活を通して、本当に優しいヒトを見抜けるようになりました。

その反面、真逆のヒト、特に権威を盾に平気でヒトを切り捨てる人種には、常にキバを剥いてきました。

今の世の中を見渡すと、私のような考えで生きて行くには本当に辛いのですが、こればかりは今更、変えようがありません。

女房や子供からは、最近、私が丸くなった!ともっぱらの評判ですが…。(笑)

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